2006年10月5日木曜日

心に響く音

 数年前の一月十七日、一乗寺グラウンドで太鼓の演奏が行われていました。「鎮魂と希望の太鼓」、阪神淡路大震災の被災者のために、そして世界中の平和を祈って打たれる太鼓の響き…耳から聞こえてくる太鼓の音と地面から伝わってくる振動は凄い迫力で、胸に響いてくるものがありました。毎年行われているこの演奏は、「風」という和太鼓サークルで、何度も見ているうちに、どうしても私も太鼓を叩いてみたくなり、昨年二月にこのサークルに入会しました。
 練習を始めて約一年半、手にマメを作り全身筋肉痛になりながら練習に励んでいますが、未だに思うようにいい音は出ません。それでも、今年の一月十七日には念願のグラウンドに立つことができ、努力が感動に変わった瞬間でした。他にも地域のお祭りやイベントににも出演し、夏には府立文芸会館のステージにも立つ事ができました。
 もともと体力もなく、リズム感もない私に「できる訳ない」と思っていましたが、先生(「祭衆」のメンバー。世界的に活躍されているプロの和太鼓奏者です)やベテランメンバーの指導のもと、とても楽しい時間を過ごしています。興味のある方、ぜひ一緒に太鼓を叩いてみませんか?

看護師 O・S
2006年 秋号

2006年6月30日金曜日

「鼻から挿入する胃カメラ」はじめました


 1.はじめに

 ご存知のように、日本人の死亡原因第一位は癌です。その中でも胃癌は肺癌に次いで死亡者数の多い癌です。胃癌が恐ろしい病気であることは言うまでもありません。しかし、医療の発達により、胃癌の早期発見・早期治療が可能となり、その死亡率は年々減少してきています。胃癌の早期発見にもっとも貢献している検査法が上部消化管内視鏡(胃カメラ)であり、近年その発達にはめざましいものがあります。画像がどんどん鮮明となり、非常に小さな胃癌も発見できるようになりました。場合によっては手術しなくても内視鏡下で胃癌を切除し、根治する事ができます。しかし、胃カメラの一番の難点は、直径1センチ程度ある管を口から飲み込む必要があり、個人差はありますが多少の苦痛を伴う検査法であるという点でした。最近この胃カメラの一番の弱点を補う「経鼻内視鏡(鼻から挿入する胃カメラ)」が開発されました。当院においても早速この新しい胃カメラを導入いたしましたので、ご紹介します。

 2.経鼻内視鏡の特徴

① 胃カメラが舌の根元(舌根)に触れることで、咽頭反射(嘔吐感)が起こります。 鼻からの挿入でこの問題が解消しました。(図1)

② 経鼻内視鏡は従来の半分、5.9㎜の細さです。その分違和感が少なく、スムーズな挿入が可能です。

③ 鼻への麻酔も微量で、身体への負担が軽減されます。

④ 患者さんは検査中にしゃべれるため、安全な検査につながります。また、検査の途中でモニターを見ながら医師に質問することもできます。今までの口から飲み込む胃カメラでは検査中に話すことができなかったため、精神的な苦痛も伴いましたが、その点も解消されたわけです。

 3.経鼻内視鏡の欠点
 

① 両側の鼻腔がともに狭い場合、また、鼻の病気や手術をなさったことのある方には、経鼻での検査ができないこともあります。その場合、口からの胃カメラに変更します。

② 数%の頻度で鼻出血が起こりますが、内視鏡を抜去して  分程度鼻を押さえていれば止血できます。

③ 口からの胃カメラに比べやや画像が荒く、また、送気・送水・吸引の力がやや弱いため、視野が悪くなったり、検査時間がやや長くなる傾向があります。

 4.胃癌で死なないために

 高血圧や糖尿病といった生活習慣病とは異なり、胃癌を予防することはなかなか困難です。そのため、胃癌で死なないようにするためには、早期発見・早期治療が重要であることは言うまでもありません。京都市が行っている胃透視による胃集団検診を受けていただくことも有意義なことです。しかし、胃カメラの画像精度の発達はめざましいものがあり、胃透視に比べはるかに多くの情報を得ることができます。もちろん胃透視にも胃カメラにはないよい点があり、可能であれば両方検査を受けていただくとより確実に胃癌を発見することができますが、時間的・経済的・身体的負担を考えると、それは非効率的です。胃癌の早期発見のためにどちらか一つを選ぶのであれば私は迷わず胃カメラをお勧めします。できれば1年に1回検査を受けていただければ、0%とは言いませんが、胃癌で死ぬ確率を極めて小さくすることができます。ただし、京都市では胃カメラによる胃癌検診は今のところ行われていません。腹痛や食欲不振・胸焼けといった消化器症状のある方は健康保険で胃カメラを受けていただけますが、全く症状のない方が検診代わりに胃カメラを受けていただくときには自費診療となりますので注意が必要です。

 5.経鼻内視鏡の勧め

 今まで、口からの胃カメラを1年に1回飲んでもらうのは身体的・精神的苦痛を伴い、なかなか大変であったと思います。しかし、経鼻内視鏡は検査に伴う苦痛が少なく、繰り返し受けていただくことが容易になりました。定期的な検査にはもってこいであると思います。現在消化器症状のある方はもちろん、症状はないが胃癌に対して不安をお持ちという方は、是非一度経鼻内視鏡を受けられることをお勧めします。

製品情報ページ(フジノン東芝ESシステム株式会社)
http://www.ft-es.co.jp/about_scope/nose.html

医療法人一仁会 石野病院
理事長 岡田 純

来し方を振り返り そして これから

 最近、歩んで来た道を振り返る事が多くなりました。反省と後悔の方が多かった人生を振り返り、私の様な未熟な人間でも残された人生、御縁のある方達の御役に立てればと思っています。
 思えば、中学時代に歴史の教科書に載っていた広隆寺の弥勒菩薩の姿に引き込まれるような感覚を覚えて、程なく作文の宿題があり『人は生まれながらにして善か悪か(性善説・性悪説)』を取り上げました。が、十代半ばの年齢では答えが見つかるはずもなく、一生の課題としました。
 京都の看護学校に入学、卒業し京都に残り結婚、出産、育児後、再度医療の世界に身を置くことになった中で、現時点では『人は生まれながらにして善だけでも悪だけでもなく、両方合わせ持ち生まれてくるのでは』という答えに至っています。そして生き方により善悪の割合が多くもなり少なくもなるのではないか、と。
 二十年近く前になるでしょうか。何の前ぶれもなく突然知人の方が「この絵はこの家に置くのが一番ふさわしい。差し上げます。」と言って持って来て下さったのが、あの歴史の教科書と同じ広隆寺の弥勒菩薩の画(四十号位)、それも写真かと思える様な写実的なものでした。玄関を入ったところに飾らせて頂きましたが、その画と向かい合う毎に“より善としての生き方をするように”と語りかけられている気がします。
 瀬戸内寂聴さんが『人は生涯に自分の才能の一部しか発揮せず死んでいく。生きるとは隠れている才能を生涯かけて少しでも発揮できる努力をすること。』と書いておられ、又ある投書に『老いても自分の知恵や体験が人の役に立ったり、存在感が人々に安心や喜びを与えているうちは、まだ生きがいを感じることが出来る。』とありました。
 少し老いを感じる年齢で石野病院に御縁があった事は、スタッフの方達の『隠れている才能を発揮しようとする努力』に少しでも御役に立つことが、私の人生の後半の生きがいとしての必要事なのかと思っています。

看護部長 天達節子
2006年 夏号

捨てられない物

 平成五年に滋賀県のO病院が閉院したため退職を余儀なくされ、寮にあるものを色々処分したものの、どうしても捨てられなかったものが本でした。
 田んぼのまん中の病院で買い物に行くにも車で四十五分と、まるでアメリカの様な生活環境で七年足らず、楽しみといえば本しかなかったので、京都に出て来るたびに一万円ほど買い込んで、テレビ代わりに読んでいたのです。しかし流石に引越しにあたり、雑誌の類は捨て、ハード・カバーの本のみにしても17㎏箱 ×22個は、木造二階建ての我家には、いかにも重量オーバーです。
 その後、京都の伏見の病院に御縁が出来、半分は新居に引き取りましたが、弟の「床が抜ける」の言はつらかったです。有難い事に、新居の近くに図書館があったので、仕事で使う本以外は、図書館で二回以上借りた本を買うというルールを決め、平成十七年に現在の住み家に転居するまで、そのルールを守り通しました。が、十二年近くの間に本は増殖し、引越しの時数えてみましたら、再び17kg箱×22個。女の一人暮らしとあなどって、女性スタッフ一名、男性スタッフ一名で来ていた運送会社の人達は、急遽助っ人を呼ぶ始末でした。
 現在の私のルールは、図書館にある本は買わない、です。それでも、E・ピータースの修道士カドフェルシリーズ、全二十一巻(光文社)が欲しいなあと思っています。

言語聴覚士 O・S
2006年 夏号

2006年3月31日金曜日

脳梗塞について


 頭の中の病気には、体の他の部位と同様に、外傷(けが)、炎症(細菌・ウイルス感染)、腫瘍(できもの)等、いろいろなものがありますが、圧倒的に多いのは脳卒中です。脳梗塞(脳血栓)、脳内出血、くも膜下出血をあわせて脳卒中と呼びます。今回はこの中で脳梗塞(脳の血管が詰まる)の最新の治療法について書きます。脳卒中はここ数年減少傾向にありますが、その中で脳梗塞だけは増加しています。どうか皆様は脳梗塞にならないよう、また、なってもなるべく後遺症の残らないように、これから書くことにご注意下さい。

脳梗塞(のうこうそく)

1 はじめに

 脳梗塞とは脳へ行く栄養血管がつまって、その先の脳が死んでしまう病気です。現在の医学では一度死んでしまった脳を生き返らせる方法はなく、重篤な後遺症が残ってしまうことが多い病気です。とにかく早い段階で治療を始めることが後遺症を最小限にとどめる方法です。

2 脳梗塞の症状

 脳梗塞の症状は脳のどの場所に梗塞が起きるかによってさまざまですが、代表的な症状は次のようなものです。

 ①左または右の手足が動きにくい
 ②左または右の手足の感覚がない、あるいはしびれる
 ③左または右側が見えない
 ④意識がない、あるいは「ボー」としている
 ⑤言葉が出にくい、もつれる

3 脳梗塞の原因

 原因は次の二つに大別されます。

 ①脳血栓症:老化、高血圧症、高脂質血症、糖尿病などにより脳内の血管が徐々に狭くなり最終的につまって脳梗塞になります。

 ②脳塞栓症:脳以外の血管(多くは心臓の中)で血の固まりが出来、これが脳へ飛んでいって血管がつまって脳梗塞になります。


4 脳梗塞の診断

 頭部CTスキャン、MRIを行えばほぼ診断はつきます。確定診断をするには従来は発症から丸一日くらいかかっていましたが、最近では拡散強調画像MRIとMRAによって発症早期からどの血管が詰まっているのかがわかるようになりました。

5 脳梗塞の治療

 脳梗塞を外科的手術によって治療することは殆どありません。点滴による治療が中心です。以前に比べると抗凝固薬(血をさらさらさせて固まりにくくする薬)、脳保護薬(血液の流れが悪くなってもすぐに脳が死なないようにする薬)の進歩があり、脳梗塞の悪化を防ぐことは出来るようになってきましたが、完全に元どおりと言うわけには行きません。現在の医学で最も脳梗塞に効果的と言われているのは、脳梗塞になってから3時間以内にt-PA(組織プラスミノーゲンアクチベータ)と呼ばれる血栓溶解薬を点滴して、脳の血管に詰まった血の固まりを溶かしてしまう方法です。この3時間で治療を行うには、脳梗塞になったと同時に救急車を呼び、t-PA治療のできる病院に行くことが大事です。すぐ治るだろうと思って家で2~3時間様子をみていると、大きな後遺症を残す結果となります。自分で病院を探したりせず、すぐに救急車を呼ぶことが大切です。救急隊はどこの病院でこの治療ができるのか、よく知っています。 t-PAによる治療は脳梗塞になってから、点滴を始めるまでが3時間以内でないとできません。それ以降になると脳内出血を起こす危険が高くなります。発見されてから、病院に来るまでではありません。何度も言いますが、症状がでたらすぐに救急車を呼んでください。

6 脳梗塞にならないために大事なこと

 高血圧症、高脂質血症、糖尿病、心臓病などがある人は放置せずしっかり治療することが肝心です。これらの疾患は治ってしまうことはありませんから、薬を飲み続けることが重要です。一般的には脳梗塞は汗をかいて脱水になりやすい、春から夏に多いといわれています。十分に水分をとるようにしましょう。特に寝る前の一杯の水は効果的です。これはあくまでも水です。寝る前のアルコールは最も危険です。アルコールには利尿作用があるため、寝ている間に脱水になってしまいます。くれぐれも御注意を。たばこはさらに危険です。血管を収縮させ、詰まりやすくさせます。


重要ポイント

☆脳梗塞は痛くない。高血圧も糖尿病も痛くない。

☆おかしいと思ったらすぐに救急車。

☆寝る前の一杯の水。


医療法人一仁会 石野病院
院長 岡田 達也
2006年 春号

心に残る曲

 ビートルズ世代ではありませんが、ビートルズのヘイ・ジュードを聴くと中学校を思い出します。クラブ活動が下校時間ギリギリまであり、制服に着替えて時間内に学校の外に出なければならなかったのですが、その間ずっと学校のスピーカーからこの曲が流れていました。ロッカー室から鞄をかかえて友達と走っていたのを思い出します。そして、慣れてくるとこの曲が流れている間は大丈夫と思ったりしていました。最近になって、同級生の放送部のM君が、このヘイ・ジュードを選曲したことがわかりました。そしてこの曲を選んだ最大の理由は5分間以上続く曲だったからとのこと。それを聞いた時は「そんな理由で・・・。」とチョットがっかりの気分でした。でもこの曲が流れてくるとビートルズというより「中学校の下校の曲」の方に親しみを持っています。そんな曲を選んでくれたM君に感謝しています。
 心に残る曲、何かありますか?

薬剤師 O・Y
2006年 春号

わたくしごと

 私が京都に嫁いで来たのは、雪の降る寒い日でした。県外で育った私にとって京都は憧れの町でした。色々楽しいことを想像し、ワクワクドキドキ思いを寄せていた京都でしたが、実際はそれ以上に大変なことが多かったです。まず困ったことは言葉のイントネーションの違いで、周りの人に「怒っているの?きつく聞こえる。」と注意をされました。三十五年も住んでいるのに、まだ直っていないようです。そして結婚生活の中で最大に苦労した事としては、主人の親との同居・介護でした。
 「家の中に女二人は必要なし」とよく世間で言われているように、私も32歳の時に看護助手の仕事を始めました。姑の風当たりは強かったけれど外に出て仕事をし、その仕事内でもつらい事はありましたが、楽しい行事などもあり、家のストレス、仕事のストレスなどを発散することができました。そのおかげで20年以上続けることができたと思っています。その間、十数年前に両親がなくなり、自分の時間も少しはとれるようになり、子供達も家庭を持ち、孫にも恵まれ、孫の成長を楽しみに忙しい毎日を過ごしています。
 息子の嫁には、私が若い頃に経験したつらいことはなるべくしないように心がけています。しかしながら私も年を取り、姑の気持ちが少しずつわかるようになった気がする今日この頃です。

看護助手 I・Y
2006年 春号