第9回(最終回)
『ザ・キング・イズ・ゴーン』/マーカス・ミラー
前回申し上げましたように、70年代から80年代にかけてのフュージョンを中心に、ジャズの名盤をご紹介してまいりました『理事長推薦ジャズ名盤』ですが、前回に引き続き、時代の節目となった重要な作品を紹介し、連載を終了したいと思います。
最後に紹介するのは、93年に発表された、マーカス・ミラーの『ザ・キング・イズ・ゴーン』です。キングというのは言うまでもなく、マイルス・デイビスのことです。91年にこの世を去ったマイルスへの追悼の意がこめられた作品です。実はこのアルバムの原題は『The Sun Don't Lie』というのですが、「The King Is Gone(For Miles)」という収録曲から邦題がつけられています。日本のレコード会社の人がこのタイトルの方が相応しいと考えたのだと思いますが、マイルス亡き後のジャズを考える上でとても重要な作品であり、この邦題に異論のあるジャズ・ファンは少ないと思います。
マーカス・ミラーは第2回でもご紹介したように、80年代以降人気実力ともにNo.1のベーシストです。ジャズにとどまらず、ロック、ポップス、R&Bなどさまざまなジャンルのおびただしい数のセッションに参加し、アレンジャー、プロデューサーとしても幅広く活躍しています。81年に弱冠22歳でマイルス・バンドに参加してから、晩年のマイルスにとって最重要のパートナーとなっていました。
そんな彼が発表した「マイルス追悼アルバム」とも言うべき『ザ・キング・イズ・ゴーン』には、やはりというべきか、「ジャズ」というジャンルの枠を超えて、彼の活躍してきたありとあらゆる音楽の要素が盛り込まれています。この作品を聴くと、マーカス・ミラーにとって、「ジャズ」のみならず、全ての音楽ジャンルは殆ど意味を成さないと感じさせられます。
デューク・エリントンらによる「スイング・ジャズ」、チャーリー・パーカーらによる「ビ・バップ」、マイルスが提唱しジャズを頂点に導いた「モード・ジャズ」、マイルスが原型を創り、チック・コリアやハービー・ハンコックやウェザー・リポートらによって完成した「フュージョン」等「ジャズ」は時代ごとに、巨人達によってスタイルを変えつつも隆盛を極めてきました。しかし、マイルスの死後、ジャンルとしての「ジャズ」は、かつてのような勢いを失ってしまったかのように見えます。それでも、マーカス・ミラーのような、マイルスのDNAを受け継いだミュージシャン達は「ジャズ」という枠を超え、あらゆるジャンルに進出し、その存在無くしては成り立たなくなっています。言わば「ジャズ」が目に見えない形でさまざまなジャンルの音楽を縁の下で支えているのです。
誤解を恐れずに言えば、『ザ・キング・イズ・ゴーン』はマイルス亡き後、「ジャズの発展的解消」を宣言した作品と言えるのではないでしょうか?
約2年間にわたり連載してまいりました『理事長推薦ジャズ名盤』はこれで終了です。私の拙い文章にお付き合いいただきありがとうございました。
次回より全く別のジャンルについて駄文を連載いたします。お時間ありましたら、またお付き合いのほどよろしくお願い申し上げます。
医療法人一仁会
脳神経リハビリ北大路病院
理事長 岡田 純