2011年1月8日土曜日

理事長推薦ジャズ名盤 第8回

第8回
『イン・ア・サイレント・ウェイ』/マイルス・デイビス

『理事長推薦ロック名盤』の連載は、最後に、作品自体の質の高さはもちろんですが、時代の節目となった2つの作品を紹介することで、70年代ロックを総括し終了しました。 『理事長推薦ジャズ名盤』も70年代から80年代にかけてのフュージョンを中心に、ジャズの名盤をご紹介してまいりましたが、同様に、時代の節目となった2つの作品を紹介し、連載を終了したいと思います。
 まずは、69年に発表された、マイルス・デイビスの『イン・ア・サイレント・ウェイ』を紹介します。今までも再三触れてきましたが、60年代末期、マイルスが電子楽器を導入したことから、ジャズとロックの融合が始まり、フュージョンというスタイルが確立していきました。世間一般では、『イン・ア・サイレント・ウェイ』の次に発表された、『ビッチェズ・ブリュー』が、マイルスによるエレクトリック・ジャズの完成形であり、その後のジャズやロックに多大な影響を与え、フュージョンの原型となった作品であると言われています。セールス的にも『ビッチェズ・ブリュー』は大成功を収め、評論家の評価も極めて高い作品です。それに比べると、『イン・ア・サイレント・ウェイ』は決して評価として低くはないものの、『ビッチェズ・ブリュー』という頂点に至るまでの過渡期的な作品と捉えられがちです。
 しかし、私は『ビッチェズ・ブリュー』と『イン・ア・サイレント・ウェイ』は全く別の意図を持って作られた作品ではないかと感じています。特に、リズムのアプローチが全く異なります。『ビッチェズ・ブリュー』ではドラムス2人、ベース2人という変則的なリズム・セクションで、各人が自由度の高い演奏を行い、ポリリズムと言われる複雑なノリを作り出しています。それに比較して『イン・ア・サイレント・ウェイ』はドラムス1人、ベース1人のオーソドックスな編成で、単純な16ビートのリフを繰り返しています。また、『ビッチェズ・ブリュー』ではお互いに音をぶつけ合い、かなり過激な演奏をしているキーボードのジョー・ザヴィヌルとチック・コリア、ギターのジョン・マクラフリン、サックスのウェイン・ショーターといった猛者たちも、『イン・ア・サイレント・ウェイ』ではシンプルで美しい演奏に徹しています。『ビッチェズ・ブリュー』はどちらかと言うと、R&Bやファンクやさらには最近のヒップ・ホップに影響を与えた作品であるのに対し、『イン・ア・サイレント・ウェイ』の方がその後のフュージョンへの方向性を示しているように思われます。この作品には『ビッチェズ・ブリュー』には参加していないハービー・ハンコックも参加しています。この作品に参加した面々がその後フュージョンを完成させ、ジャズの隆盛に貢献したことは、すでに前回までにご紹介したとおりです。
 私はジャズ・マニアというほどでもなく、マイルスの大ファンというわけでもありません。したがって、私の持っているマイルスの作品は有名なものばかりで、どれも甲乙つけがたい名作揃いです。しかし、『ビッチェズ・ブリュー』だけは何度聞いても馴染めません。コアなジャズ・マニアやマイルス・ファンからは「耳障りのいいフュージョンばかり聴いているから『ビッチェズ・ブリュー』の良さが解らないのだ。お前にジャズを語る資格はない」と言われそうですが、別に私は評論家でも何でもないのでお許しください。
 『イン・ア・サイレント・ウェイ』は地味ですが、私のような耳の痩せた者にも聴きやすい作品です。かつ、その後のフュージョンの原型となった作品です。ぜひ、一度お聴きください。
 次回はいよいよ最終回です。

医療法人一仁会
脳神経リハビリ北大路病院
理事長 岡田 純