2011年8月5日金曜日

リハビリテーションとチーム医療

 リハビリテーションといえば、野球の長嶋茂雄さんやサッカーのオシム元監督が突然の病に倒れ、リハビリテーション後に社会復帰を果たされたことはよくご存知のことと思います。リハビリテーションは、脳の血管がつまったり破れたりする脳卒中や脊髄の病気、事故や、骨折、大きな手術後などに、身体の機能の回復を図る目的で実施されます。訓練には主に理学療法士や作業療法士、言語聴覚士が携わりますが、医療介護面では医師や薬剤師、臨床心理士、看護師、介護士、社会復帰その他に関してはメディカルソーシャルワーカーや地域のケアマネージャーなど、さまざまな専門職がかかわり、患者さんを支えていきます。そして何よりも、心も身体も傷ついた患者さんの回復、社会復帰を支えるのは家族でもあります。

 特に回復期リハビリテーションでは医療制度で決められた期間内に社会復帰を目指すため、運動機能訓練、認知機能訓練だけでなく、入浴や調理、趣味活動などの訓練、住居の改修、福祉用具の選定、家族への介護指導、在宅介護サービスの準備と実にさまざまな取り組みが必要となります。そのため、多職種よりなるリハビリテーションチームが家族とともに連携を図る必要があるのです。また、よりその患者さんらしい人生を実現するためにスタッフが今までの生活を理解した上で、今後の生活に対する本人や家族の思いをしっかり受けとめていくことも必要です。

 ただ、スタッフががんばれば機能は回復するというわけではありません。回復のためには患者さん自身が障害と向き合い、克服しようという意欲が不可欠です。しかし、中には病気によって患者さん本人が自分の病状を認識できないという場合もあります。さらに、突然の病や事故で心まで傷ついてしまった患者さんにとって、しっかりと現実を見据えて意欲的に訓練に取り組むということは実はとても難しいことでもあります。できれば今置かれた過酷な現実から目をそむけ、元通りの身体にしてほしい、明日、目が覚めたら以前の自分に戻っていたいと多くの患者さんが願っておられることでしょう。また、再生医療が叫ばれ、臨床応用が期待されていますが、残念ながら現在の医療では、失われた機能を完全に回復させることが難しいことも多く、望みどおりの結果が得られるとは限らないという現実もあります。リハビリテーションには瞬時に効果の出る特効薬や必ず効果が出る処方箋はありません。皆が患者さんの心と身体を支えながら、知恵を出しつつ一歩、一歩進んでいくのです。

 リハビリテーションを必要とする代表的な病気の一つに脳卒中があります。脳の血管の障害で脳の組織の一部が損傷を受けます。脳はそれぞれの部位で異なる役割分担を担っているため、損傷部位によっていろいろな症状をきたします。運動麻痺や感覚障害に加え、言語障害や嚥下機能(ものを飲み込む能力)障害、また、日付や場所がわからなくなる、物事を覚えることができない、計算や読み書きができない、順序立てて物事を考えることができない、集中して作業を行えないなど社会生活に支障をきたすさまざまな症状が出ることもあります。以前と比べ、怒りっぽくなった、涙もろくなったなど、本人の変化に家族も困惑してしまうことがあります。運動麻痺が改善して歩けるようになったとしても、場所を認識する能力が回復していない場合、一人で外出することは難しくなります。社会復帰のためにはそれぞれの障害の回復の状況に応じた支援が必要です。

 もう一つ、リハビリテーションを必要とする病気の一つに大腿骨骨折があります。若い人でも、たまたま、事故や不注意で骨折するケースもありますが、骨がもろくなっている高齢者に多くみられる骨折です。手術後の安静期間が長引くと筋力が低下し、骨折は治ったのに歩けないということにもなりかねません。そのため、手術後早い時期からのリハビリテーションが必要となるのです。しかし、リハビリテーションとは運動することであり、高血圧症や不整脈、心不全、呼吸器疾患などの持病があることも多い高齢者では慎重に実施しなければなりません。また、訓練を進める上で骨折に至った原因も問題となります。たまたま、つまずいて転んでしまったのか、もともと、歩行時のふらつきがあったのか、後者であれば筋力やバランス能力の低下が転倒の原因であり、治療に時間がかかり回復もより困難なものとなります。転んで骨折したのは大腿骨だけれど、原因は膝の変形性関節症だったということもよくあることです。また、認知症の高齢者ではご自身での安全管理や危険回避が難しく、今後の転倒予防策が大きな課題となります。実際、片方の大腿骨を骨折された方が再び、もう片方を骨折される例は少なくありません。筋力、バランス能力の改善とともに生活環境の整備や骨折予防用の下着の着用などさまざまな工夫が必要になります。

 リハビリテーションは決して楽しいものではありませんが修行のようなものでもありません。また、周りの人が手伝いすぎると患者さん本人の能力を伸ばす妨げとなりますが、手助けをしないと転倒など本人に危険が及ぶこともあります。周りの人には患者さんを励ましつつ、その時々の能力に合わせて適切な距離を保つことが求められます。そして、これまでの人生も障害の程度も社会的な背景も異なる患者さん一人一人に対し専門のスタッフがどのような医療や支援を提供すれば良いのかを考え、これからもその人らしい生き方ができるように一緒に歩んでいます。たとえ機能回復に限界があるとしても、環境の改善や社会資源を活用することで患者さんに何か良い提案はできないかと考えながら寄り添っています。患者さんが元気になる、そして、元気が出る病院でありたいと願っています。

脳神経リハビリ北大路病院
リハビリテーション部長
牧浦 弥惠子