2012年10月26日金曜日

さみしい理由

 以前、友人から「人間背骨が冷えるとさみしく感じるらしい」と教えられたことがあります。私はその根拠無さげな説(根拠が有るのか無いのかは調べたことがありません。)が何となく気に入っていて、毎年秋が近づくとそれを思い出し、時には自慢げに人に話したりしています。

 確か私が二十三、四歳の秋頃だったと思います。まだ若くツヤツヤフサフサしていた私は、どの友人と一緒にいたのかは思い出せないのですが友人と話しながら「季節のせいか、何だか薄らさみしい。」といった内容の事を口にしたところ、友人より「中木戸くんは薄着やから、背骨が冷えてさみしく感じるんや。人間背骨が冷えるとさみしく感じるから、ちゃんとあったかい格好して背骨を温めなあかんで。」と返されました。そこからその話でやたら盛り上がって、例えば真冬にTシャツで背骨に沿ってカイロを貼って外出しても、めちゃ寒いけど絶対さみしくはない筈とか、ひと冬丸ごと炬燵の中で誰にも会わずに暮らす等、ばかばかしい話をしていたのを覚えています。

 これを書いている今、十月中旬です。朝夕は空気がわりと冷たく肌寒くなってきました。私は今年三十七歳になって今のところさみしくはありません。その代りに食欲が爆発的に増し、クールビズが終わろうとしている折、冬の背広がピチピチのところまで肥えてしまいました。スポーツの秋、運動せねばと思い立つも、先々月に膝を悪くしたせいで長時間走ったりも出来ないし、せめて散歩を日課にと考えても考えるだけでビールを飲みながら明日からやろうと毎日心に決める、といった具合です。せっかく良い季節なのだから今週末こそは兎に角外に出て、散歩か、スポーツか、何か体を動かそうと思います。

 天高く馬肥ゆる秋です。皆さんも季節を謳歌するを口実に、ぜひ体を動かしに野外へ飛び出しましょう。でも、くれぐれも背骨だけは冷やされませんように。

事務部 N.Y