2012年10月26日金曜日

頭痛外来 -神経内科ってどんな診療科?-

「…のみならず僕の視野のうちに妙なものを見つけ出した。妙なものを?――と云ふのは絶えずまはつてゐる半透明の歯車だつた。僕はかう云ふ経験を前にも何度か持ち合せてゐた。歯車は次第に数を殖やし、半ば僕の視野を塞いでしまふ、が、それも長いことではない、暫らくの後には消え失せる代りに今度は頭痛を感じはじめる…」

 これは芥川龍之介『歯車』の一節です。ここには「片頭痛」で現れることがある「閃輝暗点」という症状の描写がみられます。このように、小説の中には時々神経内科でみる病気の描写が見られます。芥川は片頭痛持ちで、かなり悩んでいたようです。このあと眼科にかかったことが書かれていますが、この時代に神経内科と片頭痛の頓服薬(イミグラン、レルパックス、アマージなど)や予防薬(ミグシスなど)があれば、頭痛の悩みも軽くなったかもしれません。そのかわりあのような数々の作品も生まれなかったかもしれませんが。

神経内科とはどんな科か?
 神経内科では、このような頭痛やそれに伴う症状の他に、手や足に力が入りにくい、しびれる、ふるえる、足がすくむ、まぶたが下がる、よだれが垂れる、ろれつが回らない、めまいがするなど、身体の動きや感覚に関わる症状をみています。他に、物忘れ、けいれん、意識障害なども神経内科の領域です。このような症状がご心配の場合は一度ご相談ください。
 神経内科では、症状がどこから起こったか、どのように進行してきたか、どんなときに悪くなるか、などの経過が診断に重要です。例えば手のふるえが始まったのは片側か両側か、安静のときか動かしたときか、というだけでも「パーキンソン病」の診断に関わります。ですから経過について詳しく伺います。また神経内科では、脳神経系(眼や舌を動かす、顔の感覚など主に頭部の機能を司る)、運動系、感覚系、協調系(運動をなめらかに行う機能)、高次脳機能系(ことばを話す、おぼえるなどの高度な機能)というように系統的に診察行い、原因部位を探ります。そのため問診や診察には他科より時間がかかる傾向があります。

神経内科はどんな病気をみるのか?
 よく混同されますが、気分が落ち込む、不安などいわゆる「こころ」に関わる疾患は対象外です。心療内科や精神科の担当になります。神経内科では脳、脊髄、末梢神経、筋肉の異常から身体が不自由になる病気をみる科です。手術など外科的な治療が必要な場合は脳神経外科や整形外科にご紹介します。
 具体的な病名としては、頭痛緊張型頭痛片頭痛群発頭痛など)、脳梗塞脳出血パーキンソン病多系統萎縮症脊髄小脳変性症、筋萎縮性側索硬化症、アルツハイマー型認知症、多発性硬化症、ギラン・バレー症候群、慢性炎症性脱髄性多発神経炎、重症筋無力症、多発性筋炎、脳炎、髄膜炎、周期性四肢麻痺、筋ジストロフィー、てんかんなどが挙げられます(下線の疾患は当院外来患者さんにおられます)。

おわりに 
 神経内科は日本ではあまり知られていませんでしたが、近年徐々に知られるようになってきました。とはいえどんな病気をみるのかはっきり判らなかったり、神経内科のない病院も多かったりして、受診する機会が少ないかもしれません。治療可能な病気であれば放っておくのは勿体ないので、一度ご相談ください。例えば片頭痛は予防薬により頻度や程度を減少できる場合がありますし、パーキンソン病には動きを改善する薬があります。アルツハイマー型認知症は症状の進行をおさえる薬があります。
 一方、治療が難しく長年付き合っていかなければならない病気ももちろんあります。健康というのはたまたまの縁で成り立っているのであって、病気というのはいつ誰に降り懸かるのかはわかりません。ですから病気を抱えて生きるということはどんな人にとっても人ごとでありません。病気になった自分はどう生きるのか、何を力に生きてゆくのかということ常に課題として持ちながら診療にあたりたいと思っております。


神経内科
非常勤医師 岸上 仁