2008年6月30日月曜日

理事長推薦ロック名盤 第7回

第7回 『ダブル・ファンタジー』 ジョン・レノン&ヨーコ・オノ

 前回、私は「62年68年74年と6年ごとにロックが大きな変化を経てきたので、80年という年がロックにとって大きな節目の年になるだろうと予想していたところ、予想通り衝撃的な事件とともに大変革を迎えることになった。」と書きました。

 「衝撃的な事件」とは何か、タイトルをご覧になってもうお解りですよね。そうです。80年12月に起こった ジョン・レノン殺害事件です。

 1980年12月8日(現地時間)、ニューヨークの自宅アパート前で、ジョンは妻オノ・ヨーコの目の前で、射殺されました。そのとき犯人は、ジョン・レノンのサイン入り『ダブル・ファンタジー』 を手にしていたといわれています。

 当時(もちろん今でも)、私はビートルズの大ファンであり、メンバーの中でとくにジョン・レノンが一番好きだったのですが、テレビ・ニュースでジョンの死を知ったとき、自分でも不思議なくらい冷静でした。というか、「ああやっぱり・・・」という感想を抱いたように記憶しています。ロックのカリスマであったジョン・レノンは、当時に於いてすでに私の中で生死を超越した存在であり、いずれ伝説に残るような最期を迎えるのではないかと漠然と考えていたのです。

 ジョン・レノンはご存知のようにアーティストであると同時に反戦平和活動家でもあり、多くの政治的メッセージ・ソングを残しました。黒人のブルースをルーツに持つロックは、もともとその生い立ちから反体制的な性格を帯びていましたが、70年代の反戦平和運動と結びつき、その性格を強くしていきます。「イマジン」を例に出すまでもなくその中心人物がジョン・レノンです。ジョン・レノンの死は、このような反体制的ムーブメントという意味でのロックの終焉を象徴する事件であったと考えます。

 80年代に入り、楽器や録音機器の発達、演奏技術の向上等による変化はもちろんですが、ロックは音楽そのものの質的な変容を来たすようになります。MTVなどメディアの発達もあり、若者のためだけの反体制的な音楽ではなく、老若男女が楽しめるポピュラー・ミュージックの側面が強くなっていくのです。70年代以前のロック・ファンの多くはそういった性格の強いロックを「産業ロック」と言って揶揄しました。私も当然70年代以前のロック・ファンですので、80年代当時なかなか新しいロックになじめず、好きになれませんでしたが、かといって「産業ロック」と言って批判する人たちには疑問を感じざるを得ませんでした。逆に80年以降のロック・ファンは、70年代以前のロックに対し、音楽性が閉鎖的であることや演奏や録音の技術が未熟であることを理由に挙げて批判的でした。そういった主張にも何度か不愉快な想いをさせられたことを記憶しております。

 なぜこのようなことが起きたのか考えるに、お互いにある種の近親憎悪のような感情を抱いていたのではないでしょうか?70年代以前のロック・ファンと80年代以降のロック・ファンそれぞれが、ロックを画一的なものとして捉え、「ロックとはかくあるべき」というお互いの主張をぶつけ合っていたように思います。

 しかし、70年代以前のロックと80年代以降のロックを、質的に全く異なる音楽であると理解すれば、このような対立軸は不毛であることに気がつきます。「ロックとジャズはどちらが高度な音楽か?ビートルズとマイルス・デイビスはどちらが偉大か?」などという議論は全くナンセンスであることは容易に理解していただけるかと思います。

 では、『ダブル・ファンタジー』の内容に触れていきます。80年の11月17日すなわち死亡する3週間前にリリースされたこのアルバムは、ジョン・レノンにとって生前に発表された最後のアルバムになってしまったわけですが、実は、息子ショーンの育児のための5年間の活動休止後の復帰第一作でもありました。そのため、作品のテーマは家族愛で統一されています。かつての直接的な政治的メッセージを含んだ楽曲はひとつもありません。「ビューティフル・ボーイ」や「ウーマン」をはじめとする美しい詞やメロディーを聴くたびに、まもなく訪れることになるジョンの死を知るべくもないジョン・レノン一家の家族愛を感じ胸が熱くなります。また、サウンド的にも親しみやすい作品に仕上がっています。そういった意味では70年代ロックの総括的な作品と言うより、80年代の幕開けを告げる作品と言ったほうがいいのかもしれません。

 ジョン・レノンの死が1980年で、この年を境に大きくロックが変容していくという私の話に「それは単なる偶然だ」と反論される方も多いと思います。確かに、例えジョンが亡くならなかったとしても、テクノロジーや演奏技術の向上やロックの市場拡大は訪れ、産業化は進んでいったと思います。事実『ダブル・ファンタジー』を聞いても80年代の息吹は感じられ、ジョン・レノンもその流れに乗り遅れることはなかったと思います。しかし、今の時代においてもロック界最大のカリスマであるジョン・レノンの死が、スピリチュアルな意味でその後のロックの流れに大きな影響を与えたことは間違いないと確信します。

 ロックというのは破壊と創造を繰り返し、変容し続けていく音楽です。時代や地域によって著しい質的相違が生じます。固定観念に捉われるのではなく、その相違を認識し許容することがロックを楽しむコツではないでしょうか?

 シリーズとしての「理事長推薦ロック名盤」はとりあえず今回が最終回です。私の連載を読んでいただき、70年代ロックを聞いたことがないという方に少しでも興味を持っていただいたのであればこの上ない幸せです。出来ましたらレンタルでもいいので、私がご紹介したCDを一度聞いてみてください。例え好みに合わないとしても、何かを感じていただけると信じています。

 それではまた。

 次回は「理事長推薦ロック名盤番外編」をお贈りいたします。


医療法人一仁会 石野病院
理事長  岡田 純

2008年4月7日月曜日

変形性膝関節症とは


 変形性膝関節症(へんけいせいしつかんせつしょう)は、膝関節の軟骨が劣化や摩耗により消失し、痛みがでたり、無症状になったりを繰り返しながら、5年から10年以上の経過で徐々に進行する病気で、男性より女性に多くみられます。
 関節軟骨は外的衝撃を和らげ、関節の動きを滑らかにする働きをしています。また、ヒアルロン酸を含む関節液が潤滑油と軟骨の栄養補給の役割を果たしています。
  変形性膝関節症が高度になり、O脚になると病気の進み方も急に早くなります。65歳以上の高齢者ではたとえ症状がなくてもX線では70%に変形性変化がみられ、患者数は国内で1000万人以上、要治療者は700万人と言われています。

 (症状)
 
 主な症状は膝の痛みと水がたまることです。症状が進むと、膝の動きは制限され、膝が完全に伸びなくなります。
 初期には、立ち上がり、歩きはじめにひざが痛み出し、中期には歩くと膝が痛み、正座、階段の昇降が困難になってきます。末期になると、変形が目立ち、膝がピンと伸びず、歩行も困難になります。

(原因・病態)

 原因は関節軟骨の劣化、外傷、肥満、素因(遺伝子)などが考えられます。明らかな原因のない一次性関節症と怪我・炎症等の後に生じる二次性関節症に分けられます。
 90%以上は一次性関節症です。加齢によるものでは、関節軟骨が年齢とともに弾力性を失い、使いすぎにより擦り減り、関節が変形します。

(診断)

 問診や診察、特に触診で膝内側の圧痛、動きの制限、腫れ、変形などを調べ、レントゲンを撮影して診断します。必要によりMRIなどの検査も行います。

(予防・治療)

 日常生活の注意点(予防)としては以下の6点が挙げられます。

 ①太ももの前の筋肉(大腿四頭筋)を強化する。
 ②肥満であれば減量する。
 ③正座をさける。
 ④膝を冷やさない。クーラーなどに注意する。
 ⑤洋式トイレを使用する。
 ⑥急に痛むときは冷やしますが、慢性化したら温めて血行を良くする。

 治療としては、大きく分けて以下の3点があげられます。

 ①薬物療法:外用薬(湿布薬や軟膏)、内服薬(消炎鎮痛剤)、関節内注射(ヒアルロン酸など)
 ②理学療法:大腿四頭筋強化訓練、関節可動域改善訓練、装具療法、温熱療法など
 ③手術 :関節鏡手術、高位脛骨骨切り術、人工膝関節置換術など
 

 「関節内注射に使うヒアルロン酸とは?」

・ヒアルロン酸は、もともと体内(目や皮膚、関節など)に含まれている成分です。ヒアルロン酸は、そのすぐれた保水力で注目を集めており、身近なものでは、化粧品や健康食品などに使用されています。また医薬品の原料としても使用されています。

・赤ちゃんの肌がみずみずしく、ハリがあるのはヒアルロン酸を多く含んでいるからです。保水力に優れるヒアルロン酸は、皮膚に潤いを保つ化粧水やスキンクリームなどに使用されています。

・膝や肩の痛みに使う関節内注射薬や目薬などに、純度の高いヒアルロン酸が使用されています。医薬品では保水力のみならず、ヒアルロン酸の持つさまざまな特性が活かされています。

 高分子ヒアルロン酸注射の効果としては、以下の4点があげられます

 ①関節の痛みを抑える
 ②炎症を抑える
 ③関節の動きを良くする
 ④軟骨の摩耗を抑える
 
 変形性膝関節症(へんけいせいしつかんせつしょう)は、ありふれた病気であり、歳だからとあきらめたり、我慢している場合が多いのが特徴です。
 早期に発見し、適切な治療を開始することで、病気の進行を遅らせ、ADL(日常生活動作)を維持することが可能です。膝に痛みを感じたときは早めに病院を受診しましょう。


整形外科医 赤木祥範

我が家の治療犬?

 セラピードッグをご存知ですか?高齢者や障害者の施設また学校などで、医師や介護士、犬を訓練する人と一緒に、「人を助けるために働く、特別な訓練を受けた犬のこと」です。アメリカでは約60年の歴史があり、動物介在療法として認められています。

 そして我が家にも1頭の治療犬?(本当はただの犬です)がいます。名前はカール、少し大きめの犬です。今から12年ほど前に家族で犬を飼おうと決めた時に父が、「前足の太い犬はかしこい犬のことが多いと聞いたことがある。」の一言で前足の太い犬を探し飼うことになりました。

 それから12年、賢かったか、どうかはわかりませんが、エサを食べている時にノラ猫が横に来ると食べるのを止めて猫にエサをやったり、いっしょに犬小屋で寝たりしています。また散歩の時も膝の悪い父と一緒にいく時は、引っ張ったりせず後ろを気にしながらゆっくりと歩いたりするやさしい犬です。時々、散歩の時に溝に落ちたり、つまずいて顔からこけたり、よそ見しながら電柱にぶつかったりと少し(そうとう?) マヌケな犬ですが、いっしょに居るとすごく心が穏やかになることが出来ます。特別何かをしてくれるわけでは、無いのですが、いつも真っすぐに家族のことを見ている姿や行動は、まさに我が家のセラピードッグです。


臨床検査技師  S・N

理事長推薦ロック名盤 第6回

第6回 『ザ・ビートルズ』 ザ・ビートルズ

 今回と次回2回にわたり、作品自体の質の高さはもちろんですが、時代の節目となった作品を紹介することで、70年代ロックを私なりに総括してみたいと思います。

 今回はビートルズが68年に発表した『ザ・ビートルズ』 です。真っ白なジャケットで、一般的には「ホワイトアルバム」 といったほうが通りがいいようです。

 「70年代ロックではないだろう」とおっしゃる方も多いと思いますが、68年という年はクリーム、ヤードバーズといった60年代を代表するバンドが解散する一方で、レッド・ツェッペリン、ディープ・パープル、イエスといった70年代を代表するバンドが次々とデビューし、実質的に70年代ロックの幕開けとなった年なのです。

 そんな節目の年に発表されたのが「ホワイト・アルバム」です。ストレートなロックン・ロールはもちろんのこと、ブルース、バラード、ハード・ロックさらには効果音と電子音だけで構成された前衛音楽までありとあらゆるジャンルに挑戦し、ビートルズのみならず、それまでの60年代ロックの集大成という内容になっているとともに、来るべき70年代ロックの方向性を示したともいえる作品です。

 67年に発表された『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』と、69年に発表された『アビー・ロード』の2つの超傑作アルバムにはさまれて、地味な印象の「ホワイト・アルバム」ですが、ビートルズの作品の中では私がもっとも好きなアルバムです。

 その後の70年代ロックの隆盛は、第1回から第5回のロック名盤でもご紹介したとおりですが、第1期キング・クリムゾンが解散した74年頃から衰退し始め、私が高校に入学したは78年頃には、私のロック熱とは裏腹に、ロック界全体に閉塞感が漂うようになりました。

 当時私は80年がロックにとって大きな節目の年になると予想していました。62年にはビートルズとローリング・ストーンズ(レコードデビューは翌年)がデビューしており、68年と74年に上に書いたような変革があり、6年ごとに大きな変革が起こっていたからです。

 別に私に予知能力があるというつもりはさらさらありませんが、予想通り80年にロックは衝撃的な事件とともに大変革を迎えることになります。


医療法人一仁会 石野病院
理事長  岡田 純

2007年12月25日火曜日

在宅介護の工夫について


 在宅介護がうまくいくためには、医療と看護、介護力の確保や住宅環境の整備、福祉用具の活用等が考えられます。そして何よりも大切な事は病気を抱えた御本人及びご家族が共に現状を受け入れつつ役割を分担し、お互いに思いやりを持って毎日を過ごしていける事ではないでしょうか。その為には周囲の方々が、ご本人にとって本当に必要な介護を行うことが大切です。
 ご本人が病気になる前の生活状況に心身ともに近づけるよう、一日のリズムを作りメリハリのある毎日を心がける事が大切かと思います。日常生活の工夫として、

① 本人のやる気を引き出す
 身だしなみを整え(女性の方はお化粧等も含めて)着替えることで 昼夜の区別をつけ、ベッドから離れた生活を心がける。(寝たきりの方は適宜専門家の援助を受けて行う)

② 必要以上に手をかけない
 本人との共同作業により家族とのつながりを持つ。
 
③ 福祉用具の活用
 食事、入浴、排泄についての補助用具はいろいろと開発されているので、必要な用具を適切に使用することで介護負担は随分軽減されます。

④ 季節感を演出する
 季節毎の行事を一緒に行い、室内のみの生活に変化をつける。

等があげられます。
 次に実際に介護を行う際のポイントについてご紹介します。

① 移乗について
 今回は車椅子からベッドへの移動の際のコツをイラストで紹介しますので参考下さい。
(資料提供:㈱カワムラサイクル様)

1、介助者は利用者の足の間に自分の片方の足を入れる。

2、介助者は腰を低くして、後ろに引いた足でしっかり支え、利用者を両手で抱える。

3、介助者は利用者を抱きかかえながら身体を起こし、その場でベッド側に回転する。

4、介助者側が前かがみにならないように、介助者は自分の膝をしっかり曲げていく。

5、介助者はしっかりと膝を曲げ、利用者の腰をベッドの奥のほうへ誘導する。


② 片手での衣服の着脱動作
 シャツ、上衣はかぶり型よりも前開き型で袖口や袖付はゆったりとしたデザインがよいでしょう。ボタンやスナップは大きめのものを使用すると片手で扱いやすくなります。また、マジックテープも便利です。上衣の着脱を行う場合の原則は、「着る時は患側(悪い方)から、脱ぐ時は健側(良い方)から」です。

③ 食事摂取について
 食器は底が広く重さがあり、押したくらいで倒れたり動いたりせず、すくい易いものがよいでしょう。スプーンは握りやすいよう持ち手をスポンジで改造すると便利です。こういったものは商品化もされています。ご質問いただきましたら紹介させていただくことは可能です。

④ 入浴補助具について

【バスボード】
 浴槽に入る前に腰掛けて、安全に浴槽へ入ることができます。昇降機能付きもあります。

【シャワーベンチ・入浴台】
 立ち座りの安全に有効です。
 
⑤ 排泄用具
「ポータブルトイレ」
 肘掛がついて介助し易くなっています。跳ね上げ式の肘掛けもあります。

 以上ご紹介したものは、ほんの一部です。福祉用具や家族介護についてのご相談は、「石野病院」または「訪問看護ステーションそよかぜ」へ気軽にお問い合わせ下さい。スタッフがアドバイスをさせていただきます。

うつと看護ケア

 近年うつ病にかかる人が増加し、社会的にも様々な影響を与えています。

 うつ病でみられる抑うつ気分は、健康な人が落ち込む状態とは異なります。「気が滅入る」「うっとうしい」「憂うつ」など、ただ気分が沈むだけではなく喜怒哀楽が十分に体験できない状態です。
 日常の臨床で、うつ病を発症するリスクのある患者様をケアするには、まずは心のケアを提供できる職場環境を作らなければ患者のうつも見過ごされてしまいます。専門家による治療環境ではなく、看護師が患者様の心に手を差し伸べることを促進させる環境が必要です。

 看護師は毎日様々なケアを患者様の一番近くで実践しており、日常の関わりの中でいろいろな患者様の反応と接しています。その中で、「気がかり」な反応を見過ごさないことが大切です。

 入院によってストレスが続くことは、うつ病を引き起こす原因となり、また患者様だけではなく家族にとっても不安要素となります。

 患者様の入院の長期化や身体疾患の回復の妨げとなるストレス・うつ病の発症を見過ごさないように、看護師は心のケアを実践する環境づくりに日々取り組み、より良い看護を提供できるように心がけていきたいと思います。

 (ナーシング・トゥデイ12月号記事を読んでの感想)


看護師  K・R

理事長推薦ロック名盤 第5回

第5回 『オペラ座の夜』 クィーン

 アンケートを取ったわけではありませんが、日本で一番人気のある70年代ロックバンドといえば、クィーンであることに異論はないでしょう。デビュー当時から本国イギリスよりも日本での人気が先行し、70年代はまさにアイドル的人気を誇っていました。ヴォーカルのフレディ・マーキュリーが1991年にHIV感染が原因のニューモシスチス肺炎で死亡し、解散した後もCMソングやドラマの主題歌で多くの人に親しまれているのはご存知の通りです。

 私とクィーンの出会いは小学校6年生のときに遡ります。FMラジオから流れてきたそれまで聞いたことのない音楽に私は強い衝撃を受けました。すばらしく延びのあるヴォーカルによるバラードで始まり、突然オペラ調に変化したかと思うと、クライマックスはスピーディーでパワフルなシャッフルリズムで盛り上げていき、最後に再び美しいバラードで締めくくるというそれはドラマティックな曲でした。私は小遣いを貯めて、そのクィーンの代表曲となる「ボヘミアン・ラプソディー」が収められたクィーン4枚目のアルバム『オペラ座の夜』 を買いました。アルバムを通して聞き、さらにぶっ飛びました。フレディーの驚異の音域が織り成すヴォーカルの凄さは言うに及びませんが、ブライアン・メイのギターはまるでオーケストラのように荘厳かつ繊細で、メンバー全員によるコーラスはオペラのように壮大で華麗です。音の一つ一つが複雑に積み重なってゆき、まるで、アルバム全体で巨大で瀟洒な中世の宮殿をイメージさせるようでした。

 私がロックという熱病に感染した瞬間でした。


医療法人一仁会 石野病院
理事長  岡田 純