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2014年4月1日火曜日

わが町、一乗寺


私は生まれてから今迄ずっと一乗寺という町に住んでいます。一度もこの町から、出た事がないのです。両親が京都人のせいもあって、良いのか悪いのか、他の町を知らないのです。北大路病院も一乗寺という事で、よほど一乗寺に縁があるのだなと感心します。
 よくニュースでお盆や正月をふるさとに帰省して、おみやげを一杯持たされて帰る家族を見て、ふるさとがあるって羨ましいなあ~と思った事もありました。
 子供の頃、この一乗寺の町も今はあまり見かけなくなった野原もあって、学校が終わると友達と泥んこになって遊んだり、公園に行けば、紙芝居のおじさんが来て、水アメを買って、紙芝居を見るのが楽しみでした。
 叡電の一乗寺の通り、一乗寺商店街にある「エルスポーツ」、昔は一階が市場で、二階が映画館でした。小さい時は、よく親におねだりして姉と一緒に映画を見に行ったり、今では信じられないのですが、一乗寺商店街に市バスが通っていたのです。
 一乗寺の町も新しい店や家、マンションと随分と変わってしまいましたが、一歩中に入ると、今でもまだそのまま、という所もあります。
 この一乗寺の町は交通の便もいいし、スーパーも沢山あって、公園では子供が遊び、おじいちゃん、おばあちゃんはゲートボールをして、とてものどかで、住みやすい町です。
 住んでいる人は、どちらかというとおっとりしていて、それでいてお祭りや運動会、地蔵盆とかには熱が入り、盛り上がります。そんな、昔ながら的な所が残るこの一乗寺。
 ふるさとはないけど、やっぱりこのわが町、一乗寺がとっても大好きです。

看護助手H.Y

2014年1月1日水曜日

認知症の予防には軽い運動が効果的

 認知症は、病気やケガなどのために脳の細胞が壊れて、これまで身につけてきた社会生活を営む能力を失ってしまった状態をいいます。昔はもの忘れが重視されていたのですが、最近ではもの忘れがそれほどなくても、その他の高次脳機能障害が重度で、生活に著しい支障があれば、認知症と診断されるようになりました。因みに高次脳機能とは、言葉を話したり、聞いて理解したり、文字を書いたり読んだりする能力やテレビのリモコンや電子レンジなど、いろいろな道具を使用する能力、日常生活の段取りを立てたり、それを成し遂げる能力、人と協調する能力などがそれに当たります。

 2012年時点で、65歳以上の認知症の人は462万人に達しました。京都府の人口が226万人ですから、いかに多いかがわかります。認知症の発症率は65歳から徐々に増えていき、5歳刻みで、倍々になっていきます。85歳以上の有病率は女性で30%、男性で22%程度です。このことからも認知症の最大のリスク要因は加齢ということがわかりますが、残念ながらこれは避けては通れません。

 その他のリスク要因に糖尿病、高血圧、脂質異常症があります。ですから生活習慣病の予防と治療が認知症予防の鍵になります。また、うつ病も認知症のリスク要因と言われています。認知症の予防や糖尿病やうつ病の治療に、軽い有酸素運動は効果があります。京都には四季を堪能できる散策コースが沢山あります。ウォーキングをたのしみましょう。

コメディカル H.Y

2013年10月29日火曜日

京都

私が京都に来て9年が経ちます。地元は九州の宮崎で、修学旅行で京都に来たことがあり、その時にまた来てみたいと思ったのがキッカケです。就職して何年か働いたら地元に帰るつもりでしたが、縁がありもう9年になります。

 京都に来ていろいろと違いを感じたことがありますが、一番思ったことは、マクドナルドの看板が茶色  よく見ると他の看板の色も微妙に違って、何で  と思っていたことが印象に残っています。建物の高さやデザイン規制を強化するという「景観条例」があると聞いて納得しましたけど。

 あと、道などの説明の時に南北に向かうことをそれぞれ「上がる」「下がる」と言いますが、私には難しく今でも理解するのに時間がかかります。最初は「ここから下がって…」と言われた時に、平坦に見えるけど坂道になってるのかな?と思っていました。住所にもよく使われている「西入ル」「東入ル」「上ル」「下ル」地元の人にはわかりやすいみたいですが、私には訳がわかりませんでした。他にも、細い路地と一方通行が多いこと、夏には地蔵盆、大文字、あと卵焼きを注文するとだし巻きが出てくること…等驚いたことはたくさんあります。

 違いにとまどいながら今まで生活してきましたけど、京都はステキな所だと思っています。観光地と言われるだけあって世界文化遺産も多く、私にはまだまだ見てみたい所がたくさんあります。

 この9年間で金閣寺、銀閣寺、平等院、三千院、西本願寺と行きましたが、私が行ったときは改修工事を行っていたためどれひとつ見れていないです。つい最近、二度目の平等院に行ってみたもののやはり見れませんでした。

 いつか見られる日が来ると信じて、めげずにまた観光に行きたいと思います。

 看護師N.K

2013年7月1日月曜日

おばあちゃんと「都をどり」

蒸し暑い日が続きますが、みなさん体調は崩されていませんか?水分しっかり取って下さいね。私は夏が大好きなので、蝉の鳴き声が待ち遠しい今日この頃です。
 さて、私は今、父と母、91歳になるおばあちゃんと一緒に暮らしているのですが、このおばあちゃんがすごいんです。何がすごいかと言いますと、91歳になった今でも、ピザにハンバーグ、牛丼にお寿司、私たちでも胸やけしそうなハンバーガーショップのポテトを一人でたいらげてしまう、そんなパワフルなおばあちゃん。でもとっても小さくて、まるでお人形さんのような可愛らしいおばあちゃんなんです。私にとっておばあちゃんは、元気の源でもあり宝のような存在です。
 先日、毎年恒例の春の職員会でじゃんけん大会が行われたのですが、最後まで勝ち抜き「都をどり特別観覧席」のチケットを頂くことができました。真っ先におばあちゃんの顔が思い浮かび、一緒に行こうと声をかけると、満面の笑みでチケットを握りしめ、涙を流して喜んでくれました。当日の朝起きてみると、先に起きていたおばあちゃんは、何日も前から準備していた服に着替え化粧も完璧。そんなやる気マンマンのおばあちゃんを連れ、いざ祇園甲部歌舞練場へ。桜は満開で天候にも恵まれ晴天、絶好の都をどり日和でした。私自身二度目の経験ではありましたが、綺麗な舞妓さんに華やかな踊り、見ているだけでとても幸せな気持ちになりました。そして何より、それをおばあちゃんが本当に嬉しそうに見ている姿を見て、もっともっと幸せな気持ちになりましたし、しわしわの手を握りしめ二人で歩いた祇園の街は格別でした。
 なかなかこのような機会は無かったので、とても楽しかったですし、おばあちゃんとの良い思い出作りができて本当に良かったです。都をどりに行かれたことがない方は、是非一度行ってみてください。とても素敵ですよ。ちなみに私はまた来年の春、92歳になったおばあちゃんと一緒に行く予定です。

看護師N.T

2013年4月1日月曜日

休日

やっと暖かい日が訪れてきましたね。桜の季節がくると思うと気持ちがパッと明るくなるものです。とはいえ京都の冬は、底冷えで本当に辛いものですね。気分もめいってくるというか…冬は特に外に出るのが億劫になってしまい、休みの日でも室内で過ごす事がめっきり増えた気がします。
 最近の休日のおきまりコースは、映画館→カラオケです。映画が好きではありますが、特に私は映画館の空間が好きで、ポップコーンと飲み物を買って、時には3Dメガネをして、大きな画面にくぎづけになります。内容が好きなものであれば、本当に集中します。時には寝てしまう事もありますが。
 平日は、席が空いている事が多いのでポップコーンを食べるバリバリとした音も迷惑にならないかと…(笑)
 映画館のポイントが貯まっていくのもちょっとした喜びで、6本観ると1本を無料で見ることができるんです。昨年は、2本も無料で…得した気分になりました。
 映画館の後は、カラオケで大声出して気分転換です。歌は上手ではないので相手に迷惑ですが、それに懐かしい歌ばかりで、まぁそれぞれが気持ちよければよいかと思っております。
 とこんな風に最近は休日を過ごし、自分をリセットしている気がします。
 みなさんも、休日は色々とお過ごしで、気分転換の仕方も違うと思いますが、どんな過ごし方でも、それぞれ自分にとって、よい時間になるといいですね。
 私としては、春は、桜の力を借りて外に出て気分転換したいものです。

看護師 N.S

2013年1月4日金曜日

家庭菜園に現れる○○

 修学院にある自宅の裏庭で家庭菜園を始めて早一年半。冬場は寒くて畑の手入れもできないので今は何も育てていませんが、春から夏にかけてのお話しを少し。
 一昨年は初めてという事もあり、ジャガイモを育ててみました。どれくらい収穫できるか期待しつつ、すくすく育ってくれたジャガイモは子供達と一緒にイモ掘りをし、そこそこの量収穫することができました。
 去年はもう少しいろんな種類を育ててみようと、トマト、キュウリ、枝豆、ししとう等6種類ほどの苗を植え育て始めました。と言っても畑の世話をするのは旦那さんなので『育ててくれました』が正解ですが。私と子供達はいつ食べれるかなぁ…と待つのみです。
 初夏。トマトは赤く色付き、キュウリやししとうはすくすく大きくなって、毎日食卓に出しても食べきれないくらいの豊作。旦那さんの手入れのおかげです。キュウリが嫌いな旦那さんが一番楽しみにしていた枝豆がもうそろそろ食べ頃だな、というところまで育ってきた頃、事件が起こりました。
 夕方、子供達と庭で遊びながら「明日枝豆収穫しよか」と話していた矢先、私たちの横を何者かが通り過ぎる気配。サルです。「あっ」と思った次の瞬間、収穫間際の枝豆を片手に隣の屋根の上へ。激怒している旦那さんを背にサル達は塀を越え屋根を越え、かろやかに山へ去って行きました。
 近所の方曰く、ここ数年サルの被害が増えてきたそうです。簡単に食料を調達する方法を知ったサル達はたびたび山を下りてきます。行政も対策はされているようですが…。
 リベンジとばかりに育てたトウモロコシ。やはり収穫前のおいしそうに育った実だけを食いちらかされました。かしこいというか、なんというか…。人に被害が出るのだけは避けたいものです。
 
看護師 N.Y

2012年10月26日金曜日

さみしい理由

 以前、友人から「人間背骨が冷えるとさみしく感じるらしい」と教えられたことがあります。私はその根拠無さげな説(根拠が有るのか無いのかは調べたことがありません。)が何となく気に入っていて、毎年秋が近づくとそれを思い出し、時には自慢げに人に話したりしています。

 確か私が二十三、四歳の秋頃だったと思います。まだ若くツヤツヤフサフサしていた私は、どの友人と一緒にいたのかは思い出せないのですが友人と話しながら「季節のせいか、何だか薄らさみしい。」といった内容の事を口にしたところ、友人より「中木戸くんは薄着やから、背骨が冷えてさみしく感じるんや。人間背骨が冷えるとさみしく感じるから、ちゃんとあったかい格好して背骨を温めなあかんで。」と返されました。そこからその話でやたら盛り上がって、例えば真冬にTシャツで背骨に沿ってカイロを貼って外出しても、めちゃ寒いけど絶対さみしくはない筈とか、ひと冬丸ごと炬燵の中で誰にも会わずに暮らす等、ばかばかしい話をしていたのを覚えています。

 これを書いている今、十月中旬です。朝夕は空気がわりと冷たく肌寒くなってきました。私は今年三十七歳になって今のところさみしくはありません。その代りに食欲が爆発的に増し、クールビズが終わろうとしている折、冬の背広がピチピチのところまで肥えてしまいました。スポーツの秋、運動せねばと思い立つも、先々月に膝を悪くしたせいで長時間走ったりも出来ないし、せめて散歩を日課にと考えても考えるだけでビールを飲みながら明日からやろうと毎日心に決める、といった具合です。せっかく良い季節なのだから今週末こそは兎に角外に出て、散歩か、スポーツか、何か体を動かそうと思います。

 天高く馬肥ゆる秋です。皆さんも季節を謳歌するを口実に、ぜひ体を動かしに野外へ飛び出しましょう。でも、くれぐれも背骨だけは冷やされませんように。

事務部 N.Y

2012年7月12日木曜日

出会い

出会いとは不思議です。今まで、知りえなかった方たちと、何かのきっかけで交流が始まり、それがいつの間にか生活の一部分を占める様になります。

私には、大きな出会いが有りました。それは、中国語を学習することでした。中国語を学習するきっかけになったのは、シンガポールで痛切に必要語学だと感じた為です。

F1GP観戦の為にシンガポールに旅行した時に、ツアーに入らず、個人旅行で行きました。世界的なイベントの為ホテルが中心街には取れず、そこより地下鉄で、30分程離れた場所にやっとホテルが取れ、そこは中国人エリアで、英語が通じるのはホテルのみでした。お店で買い物をしたり、食事をしたり、道を尋ねるのに英語が通じなくて、とても不便でした。又、シンガポール移民の90%が中国人の為、タクシーの運転手はほとんど中国人で、私が1日に2回タクシーを利用した時も、中国人以外の運転手には当たりませんでした。彼らは簡単な英語を話しますが、文化のちがいか、行くことが出来ない所や、知らない所もすべて、「大丈夫・問題ない・わかります。」と言われ、結局グルグル走り回り続けられ、私が途中で、降りる羽目になりました。その時、中国語が話せたらどうだったのか?意思疎通がとれていたら?と思い帰国後、中国語教室に通いました。講師の先生と出会い、私生活で友情も芽生えたことから、先生の結婚式に招待され、人生初の中国・四川省での結婚式に1人で行きました。日本との文化の違いにドギマギしながら、たどたどしい中国語で親族の方達と会話をし、とても貴重な経験が出来、素晴らしいおもてなしを学びました。その先生は今、台湾に住んでいます。今でも、メールやフェイスブックを通して連絡を取り合ってます。

中国語を学習して、4年目に入りました。語学力はまだまだですが、学ぶことがとても楽しいです。その後シンガポールに行き中国の方とコミュニケーションもとれるようになり、楽しく過ごせました。これからも細く、長く学習を続けていきたいと思います。

看護師 T.N

2012年4月6日金曜日

田舎があるっていいな

患者様と接する中でよく「先生は京都の人ですか?」と聞かれることがあります。私は「京都ですよ」と答えるのですが、二言目には「京都の北の方です」と答えます。「天橋立」ではありません。私の出身地は天橋立から北へ車で約二十分。丹後半島にある「峰山町」です。

 学生時代、大阪にいた頃も「京都の海の方出身」と自己紹介していたのですが、「京都に海なんてあったっけ?」と言われることは珍しくありませんでした。「天橋立」までは知名度はあるのですが、以北についてはなかなか説明できないものでした。ですから、いつも面倒臭くても「京都の天橋立からもっと北に行ったところ」と答えていました。

 峰山町は、2004年に丹後6町(峰山町・大宮町・網野町・丹後町・弥栄町・久美浜町)が合併して出来た、京丹後市にあります。峰山町は私の庭。と言っても観光名所が思いつきません(笑)しいて言えば、磯砂山(いさなごさん:標高661m)は羽衣伝説の発祥の地とされ、麓に「乙女神社」があります。そこにお参りするとかわいい女の子を授かるとか…私もお参りしてもらったのでしょうかね。
 
 実家へ帰省する際、必ずと言っていいほど通過するのが、大宮町から峰山町にかけてのバイパス。マクドナルドやローソン、かっぱ寿司やミスタードーナツなどのチェーン店ができ、最近は発展途上。地元の若者が集まる場所ですね。
 
 食べ物で言えば「バラ寿司」。お祭りなどの祝事でよく作りました。特徴と言えば「サバの缶詰」。砂糖と醤油で味付け、ほぐしながら焙ります。これが酢飯の上に散りばめられています。もちろん他にも具材はのっています。近くにお立ち寄りの際は召し上がってみて下さい。「にしがき」というスーパーでも売っています。お勧めです。

 近隣の町には海もあり、カニもとれ、温泉も湧いて、古墳もあって…残念ながらここには書ききれません。またお声掛け頂ければ可能な範囲で紹介させて頂きます。
 
 思えば、地元を離れて十年目を迎えようとしています。よく帰省しているのですが、こうして文章にするとなぜか懐かしく思いますね。「田舎があるっていいな」

理学療法士 T.Y

2011年10月6日木曜日

我が家の一姫二太郎

 一姫二太郎とは、「最初に女の子、次に男の子が生まれたほうが育てやすい」という意味です。子育て経験のある方はご存知かと思いますが、女の子と男の子は全く性質が異なり、母の必要体力も異なります。女の子は自分の周辺で遊んでくれる事に対し、男の子はまとわり付きからかなり広範囲までテリトリーが広がります。よって、追うほうも半端なく体力が要ります。階段の5、6段上から飛びかかる、頭の上から落ちてくるなんて当たり前。小猿のようです。多少痛い目にあっても全く懲りず…。生傷が絶えません。男の子が丸坊主にするとよく傷跡がある理由がわかります。
 
 女の子は自分の世界が早くから出来るらしく、それほど親を使って遊ばなかったような気がします。我が家の娘はそれでも破壊魔なので、傘を使えば一日で壊す…。自転車急ブレーキで転がりめがねを割る…。自転車で階段から降りサドルを割る…。ちょっとびっくりしますが、人を巻き込んでいないのと大事には至っていないので私的にはぎりぎりセーフ。
 
 こんな日常の中で、なかなか自分の時間を作ることはできませんが、少しでも自分の時間を作る為に私は早朝を利用します。夜は親が起きていると一緒になって起きているので、なるべく早くに寝てしまい朝に活動します。朝はまわりも静かで空気も澄んでおりなかなか快適に過ごせます。家族の中でこの早朝活動を実行できるのは現在の所私だけなので(あとの家族は朝に弱い)自由に好きなことをして過ごしています。今はまだまだ子育て世代なので自由な時間は少ないですが、親に懐いているのもあとしばらく?と思い、怪我のないように日々の成長を楽しみながら乗り越えて行きたいと思います。

理学療法士 T.M

2011年8月5日金曜日

夏に思うこと

 六月に入り今年も暑い夏を迎えようとしています。山々の緑が美しく、眩しい頃です。私は愛媛県にある大洲市という所で幼少期を過ごしました。典型的な田舎という感じの城下町で、周囲を山や川をはじめ、自然に囲まれたのどかな町です。毎年夏になると近所の山にセミを取りに行ったり、川に魚を釣りに行ったりと、朝から晩まで駆けずり回っていました。幼い頃は、夏が来るとなにかワクワクした気分で楽しみでした。海や山へと遊びに行く機会が多かったからでしょうか。

 やがて少しずつ大人になってゆき、京都に住んでもう九年が経ちました。最近ではそういった気持ちもなくなってきたように思います。あの頃の純粋で瑞々しい少年の心が今現在でも自分の中にあるのだろうかと夏を迎えると思うときがあります。だんだん感じる事が難しくなってしまったのでしょう。今年の夏は自然の中に足を運び青空の下で太陽を浴びながら、自分自身をリフレッシュ出来るような時間を作りたいと思っています。

 今は時代が変わり、子供たちの遊び方も変容してきています。家の中で遊ぶのもいいですが、それよりも外に出て思いっ切り自然の中で遊んで欲しいものです。もっとも都会ではなかなか難しいですが…。しかしそうする事で身体も心も豊かになっていくと思います。最後に今回の東北・関東大震災の被害に遭われた方々に謹んでお悔やみ申し上げます。一日も早い復興を祈っております。

言語聴覚士 D.M

2011年4月25日月曜日

自然について今、思うこと

去年の夏は暑かった。
日本全国で猛暑のために熱中症で倒れたというニュースが連日テレビや新聞で報道されていたのはまだ記憶に新しい。
最近は地球温暖化問題から「自然を守ろう」や「地球を守ろう」のスローガンをよく耳にすることがあるが、何か違和感のようなものを感じていた。

小学生の頃に「一人で川に遊びに行くな」「山に遊びに行くな」と両親に注意されていた記憶がある。
それでも内緒で川に遊びに行って靴を流されたり、夕方まで遊び暗い山道を怯えながら帰ったりと楽しかった反面、苦い思いもした。
私にとって山や川は楽しいだけの遊び場でなく、同時に怖い場所としてその後も記憶の片隅に今も残っている。

人の生活や文化は河の周囲から生まれたというように人は自然の恩恵を受けてきた。
同時にまた、肥沃な土地に生まれ変わるために濁流となって周囲の田畑や村を流しさってしまうという自然の圧倒的な力を経験してきた。

本来、自然の持つ「想定外」の力をみた時、「自然を守ろう」とする呼びかけは何か的外れに感じずにはいられない。

今回、東北・関東大震災に遭われた方々に深くお悔やみと今後の復興をこの紙面を借りて申し上げたいと思います。

理学療法士 T.T

2011年1月8日土曜日

初志貫徹に向かって

高校3年生の時、当時私の所属していた大谷高校野球部は強力打線を武器に春の京都・近畿大会準優勝を果たした。その近畿大会で同じく出場を果たしていたPL学園高校のOB清水哲さんをお見かけしたことが、私が福祉に関わりたいと思ったきっかけである。その時は試合中に頚椎骨折で首から下が麻痺状態となった人だという風にしか感じていなかったが、高校野球を引退し、3年間を振り返ってみると、なぜかそのエピソードが一番に思いだされたのである。その瞬間図書館に走り無我夢中で清水さんの著書を読み、そして社会福祉系の大学を受験するに至った。
 大学では引き続き野球部に所属しながらも、障害者福祉を学び、実習先である障害者施設の利用者様が外泊から満面の笑みで「家はよかった」と話された姿をみて在宅の力の素晴らしさに気づかされた。
 そんなこともあり、大学卒業後在宅復帰をコーディネートできる仕事と思い介護老人保健施設に就職を決めた。しかし実際に支援相談員の仕事をしていく中で、私がやりたかったこととは逆の、在宅で生活できる方を、無理に施設にかき集めてしまっているのではないかという思いが次第に強くなってきた。
 そんな気持ちで仕事を行ってきた平成21年の秋、高校時代の1学年上の野球部の先輩が、プロ野球選手にとっては高齢の26歳という年齢でドラフト指名を受けたということをニュースで耳にした。 
 その先輩は夢を諦めず、努力をしてきたことでついにプロという門を叩くことができたのだ。そのことを知った私は、フィールドは違えど、自分も本当にやりたい仕事を目指すべきではないかと勇気をもらった。そして、純粋に在宅復帰へのコーディネートができる回復期リハビリテーションのMSWになりたいと思い、この病院に入った。
 今年先輩は一軍のマウンドで投げている。私もさらにソーシャルワーク技術を磨き一人のソーシャルワーカーとして北大路病院の一員として発展していければと思う。

社会福祉士 T.R

2010年8月26日木曜日

診療情報管理士って何?

私たち病院が取り扱う診療情報は何もカルテだけとは限りません。他にも検査結果はもちろんレントゲンフィルムや様々な同意書に至るまで診療の過程で病状や診療などについて病院の関係者が知り得た情報すべてが診療情報なのです。その多くの情報を適切に管理しているのが診療情報管理士です。
じゃあ、診療情報管理士って具体的に何する人なの?という疑問はほとんどの人が持つのではないでしょうか。確かになかなか聞きなれない職業ですし、言葉から想像するのも難しいと思います。
 私たちはカルテに書かれている情報の処理と管理を行い、そこに含まれる情報を活用することにより患者様により良い医療が提供できるよう医療の安全、医療の質の向上に努めています。時には、診療内容のチェックをしたり、医師や看護師などの求めに応じて、看護記録やレントゲンなどの検査記録を検索し、情報提供を行っています。
 また、カルテに書かれている病名について分類コード付けを行い入退院日、患者様が全快したかなどの集計を行い、どのような患者様がどの位入院したかなどの統計をはじめとしていろいろな統計資料を作成しています。
なかなかお話しする機会はないかもしれませんが、よろしくお願いします。   

診療情報管理士 T.D

悲嘆の心理

 愛する人を失っても、悲しむことができない。カウンセリングという仕事をしていると、しばしばこういう方に出会います。人は大きな悲しみに遭遇すると悲しいという感情を感じることができなくなります。悲しみという感情ではなく、恐怖を感じます。不思議に思われるかも知れませんが、失う恐怖を感じているのです。愛する対象をすでに失くしているにもかかわらず、失ったという実感がありません。
 愛する対象と書きましたが、対象は最愛の配偶者や父母や子ども、時には大切な居場所であったり、長年培ってきた技術であったり、自らが創業し作り上げてきた会社であったり、または自分自身の身体的機能であったりと、その人の人生の物語に深く根付いているもの、そういったものほど失ったと時に失ったという感覚がわきづらくなります。
 それは対象が自分と分かち難いほど一つになっていたということであり、私の人生の物語の中にあなたが(その対象が)存在しないことは考えられない、私というものは未だここに存在するのだけれども、私を残して、私の中の大切な一部はすでにここにはいない、それを受け止めることはとても難しいことなのです。その対象と私は心理的には一体なので、それを失うことは自分自身を失うことと同じであり、だからこそ底知れぬ恐怖を感じてしまいます。
ですから、悲しみを感じないというのは緊急避難的に自分を守る無意識的な方法の一つだといえます。ただ、これが行き過ぎると他の感情も生じなくなって、自分がここにいるという実感すらわかなくなってしまいます。また、馴染んでいたものが疎遠に感じられ、自分だけが取り残されたような孤独を感じます。
私たちは、大切なものをなくしたときに、悲しむことが当然できると考えていますが、それはそう容易いことではなさそうです。他にも、ああしておけばよかった、こうしておけばよかったと悔やみ、自分が悪かったと責め、あのことがなければ、あいつのせいだと他人を恨むことで、恐怖とごっちゃになった悲しみをなんとかしようと苦闘します。しかし、苦闘すればするほど悲しむことから離れていきます。
 では、悲しむということにはどのような意味があるのでしょうか。大事なことは、失って悲しくなる歴史がその対象と私との間にあるということです。そういう歴史があるということはとても幸せなことだと思います。別れが悲しいのは愛したからで、何もなかったからではないのです。深い悲しみを何かで埋めることはできないけど、悲しむことでその愛を続けることはできる。だから、悲しむその姿に、その対象を愛しているときの雰囲気が感じられるなら、その人は、その悲しみにきちんと向き合えていて、これまでのその人と対象との歴史を、これからの人生の中にも生かし続けられるのではないでしょうか。

臨床心理士 H.Y

コミュニケーション

 思えば、石野病院にリハビリ室が設けられた頃に就職し、北大路病院が開設されてから、もう早一年が過ぎたこの9年間。気がつけば知らず知らずのうちに中高年に・・・。変わらないのは大好物の焼酎を飲むこと。これが私の元気の源なのです。人生の折り返し地点の年齢に来て、元気で働けることが何よりもありがたいことだと思える年になりました。

 「リハビリステーション」には、沢山の入院・外来の患者様が来られます。身体の苦痛を抱えながらも一生懸命努力されている現場を見て、毎日のリハビリの奥深さを改めて痛感しています。
 朝一番「おはようございます!! 体調はいかがですか?」と最初の患者様への語りかけから始まり、コミュニケーションをはかりながらリハビリが進められています。
 「コミュニケーション」とは、言葉などを通して相手に伝える、いわゆる人と人との心の交流。日常、どの社会においてもコミュニケーションがはかられ、必要だと思います。また、コミュニケーションをはかることで社会は成り立つとも言えるのではないでしょうか?と言っても、そんなに容易ではなく、とてもエネルギーを使う事だから苦手だという人もいます。日常、話しかけていくことから慣らしていくことも一つの手かもしれませんね。
 リハビリもコミュニケーションをはかることで成り立っています。なぜなら、患者様の家族や職場あるいは、趣味など。患者様の性格やおかれている環境を知ることで、在宅復帰や社会への復帰についての可能性、目標を見極めて進めていくリハビリがされているからです。患者様の中でも様々な年齢の方がおられます。会話の中から教わることが多いです。人生の先輩です。
日々勉強、そして出会いに感謝です。少しでもリハビリは楽しいと感じていただけるように、愛と笑いを提供して参りたいと思います。

リハビリ助手T.E

2010年1月7日木曜日

人に対する優しさとは

最近柄にもなく、私にとって人に対する優しさとは何か、などと考えることが多くなってきました。
 私は、人の気持ちを受け入れようとするような心が優しさだと思うのですが、これは簡単なことではありません。私たち一人一人にはそれぞれの立場があり、それぞれの利害があるからです。

 私が医療の世界に足を踏み入れた動機は単純なものです。困っている人を助けたい、弱い立場の方のお世話をしたいというようなものでした。ところが、実際に仕事を進めて行くには法令や基準などの『シバリ』があって思い通りには動けません。また自分自身が、患者様やサービス利用者の皆様の望みに全て応えられるほど強くもないし、有能でもないことをすぐに思い知らされます。

 弱い立場の方のお世話をしたいなどと思い上がったことを先ほど書きましたが、自分こそ弱くてちっぽけな存在です。それでも患者様や利用者の皆様の気持ちに寄り添う為の努力をする訳ですが、どうすれば良いか悩んでしまいます。そこで「優しさ」などという柄にも無いことを考える訳ですが、まずはしっかりとお話を聞くことが、優しさの第一歩だと、私は考えます。途中で横やりを入れないように心掛けて、最後までお話を聞くことです。
 実際には法令やスタッフのマンパワーの関係で、ご期待に添えないこともあるのですが、いま目の前にいらっしゃる方が、どのようなことを望み、どのような立場にいらっしゃるのか、理解しようとする気持ちは持ち続けたいと思います。そういう気持ちが無くなれば、医療も介護も成り立たなくなると思います。


医療法人一仁会
理事 谷畑 寿一  

2009年11月9日月曜日

笑いと癒し

笑いは本来私たちが備えているのもです
 「笑う門には福来る」
 という言葉がありますが、笑いは生活に
おいて幸せをもたらすためにとても大切な
 
でもストレスの多い現代、一日笑うことがなかった」ということはないでしょうか
実際悩み等かかえてる場合はなかなか心の底から笑えないことも多いと思います。

「笑う」という行為には
いろいろな効果があります
 
笑いと言ってもクスクス笑いからガハハと大笑いまでその種類はさまざまですが
心の底からの笑いでなくても「笑う」という行為は健康効果があるということです。

 笑いにより人の免疫が向上したという結果もでているそうです
 
笑いには心のわだかまりや悩みなどをすっきりとさせて、心にゆとりを持つ力があります。
 
笑顔でいることは泣き顔怒り顔でいるよりもずっと気分がよく、また相手にも好印象をもたてるはずです。
 
笑っている時には交感神経と副交感神経がバランスよく働いていて自律神経の状態も安定しているので、笑いは心と身体の緊張をときます。
 笑いは、人が心も身体も元気に生きる為に不可欠なものなのです。
 
「こんな時に笑うなんてできない」
 そんな時にこそ笑ってみませんか 


事務部  T.T

2009年7月1日水曜日

回復期リハビリ病棟が本格稼動へ!

北大路病院では、六月から行政の認可をいただき、今回の病院移転の最終目的でもあった「回復期リハビリ病棟」が開設されました。
   
では、「回復期リハビリ病棟」とはどんな病棟なのでしょうか。
医療のしくみの中では、急性期の治療が終了した次の段階、特に機能回復のためのリハビリを集中的に実施する役割を担う病棟と位置づけられていて、
① 国が定める基準による専門のスタッフが定数配置されている。
② 発症・手術から二ヶ月以内の患者様が対象。
③ 疾患別に入院期間が定められている。(脳卒中なら原則一五〇日までの入院等)
などの制度としての取り決めがあります。なるべく短い期間で、在宅への復帰を可能にしていくことを目的として考えられている病棟といえます。
一方当院では、その役割と目指すところは次のような点であると考えています。
急性期の病院に脳卒中や骨折などで入院し、また手術をした後で、「今までと同様に家に帰って家族と一緒に暮らしたい」、そんな思いで頑張ってリハビリを行う患者様に対して、その思いに向き合い、それに応えてあげたいと願う家族の方を支援して、その思いを実現していくために、
① 担当スタッフが共同してその専門性を発揮し、
② 問題点を根気よく克服する努力と工夫をし、
③ 患者様やご家族様の要望を聞き、話し合いながら、
④ その患者様に合った、可能な限り一番良い形での在宅復帰の形を作り出すこと。
このように回復期リハビリ病棟とは、「在宅」という向こう岸へ渡るための大切な橋の役目をするものといえます。

当院は新病院になってから、急性期の医療を行う病院、脳卒中後の患者様を中心に、家庭復帰のためのリハビリを提供する病院をめざしてきました。その意味でいよいよ「脳神経リハビリ」病院として、名実ともに質の高いリハビリを地域に提供していく体制が整ったことになります。さらに、おそらく全国でも唯一と思いますが、診療内科の専門医がいる「リハビリ病院」として、心身両面からのリハビリを実施していくことも、今後の取り組みとして進めていきたいと考えています。

ストレスの話し

 ストレス反応は心、体に様々な形で現れます。ストレスが関与する事が考えられるストレス疾患には現在31種類もの疾患名が挙げられています。一般的には過労、重圧、人間関係、不安などに対する否定的反応による精神的疲労というような意味で使われますが、正確にいうと、「何らかの刺激が体に加えられた結果、体が示したゆがみや変調」で、この刺激をストレッサーといいます。このストレッサーに対する心身の緊張がストレスなのです。なので、この心身の緊張をリラックスする事や癒す事、取り除く事で弛緩するのがストレス解消になります。
 しかし、様々な刺激が何もない(ストレスが何もない)状態でいると、体の体温調節機能が低下し、暗示にかかりやすくなり、幻覚、妄想まで起こってしまったという実験例もあったそうです。心と体のバランスを保つには、適度なストレスも必要であり、ストレスが全くない人はいないのです。自分が心地良いと感じられるストレス解消法を日常生活の中で見つけたいものです。

【ストレスが原因で起こりやすい病気】
神経性胃炎、胃・十二指腸潰瘍、過敏性大腸炎、自律神経失調症、虚血性心臓病、心臓神経症、円形脱毛症、そううつ病、本能性高血圧、過呼吸症候群、頭痛、メニエル症候群、神経性嘔吐、膀胱神経症、不眠症
など


看護師 M.T